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基礎と基本の違い

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基礎と基本は通常良く使われる言葉ですが、同じ意味合いで使われているケースが良く見受けられます。基礎も基本も「物事が成り立つもとになるもの」という点では同じですが、よく調べると基礎と基本の意味合いは異なっています。基礎とは元々建築物の基礎から始まっているので、物事の土台になるものでその上に物事を積み上げることができるものという意味です。基本は本という字が使われていることから物事の中心とか正しさという意味あいで、物事の軸になるものでその一部を変えてさらに発展・応用することができるものという意味です。よって、基礎は物事の最初の段階にあるものであるのに対し基本はどの段階においても必要とされるものという意味になります。義務教育で教えていることは生きていくための基礎と基本の知識です。漢字や九九は基礎、四語熟語や面積計算は基本です。義務教育の国際比較では日本9年、アメリカ9~10年(州により)、イギリス11年、ドイツ9~10年(州による)、フランス10年、ロシア9年、中国9年、韓国9年です。このように日本は世界トップ水準の義務教育大国であり日本の発展をもたらしてきた源の一つと言えます。しかしながら、社会人になると基礎と基本が疎かになっていくのは何故でしょうか、それは社会人教育において、新入社員を即戦力化するために専門知識の詰め込みに特化し基礎基本がおざなりにされているからではないでしょうか。昭和40年代の高度成長期はそれで良かったでしょうが、バブル崩壊後も企業・自治体等の社員・職員教育方針は変わらないまま専門知識の習得に努めている組織が大半です。

パソコンの急速な普及によりワープロで文章を変換することで漢字を思い出すことも少なくなり、エクセルで計算することで暗算をしなくなり保有していた基礎・基本の知識を使う頻度が減ってきています。そのようにパソコンスキルの習得に時間がさかれたことで、基礎力は低下し基本は薄らいで来ているように思います。1995年のWindows95の発売でその傾向は決定的になり、2005年頃からインターネットの普及が加速しグーグルの台頭で辞書や書籍で物事を調べるというアナログ的調査行動がネット検索で誰でも容易にできるようになり知識や情報は誰でもすぐに手に入れられる素晴らしい時代になりました。しかし、インターネット利用者が増大するにつれ知識を自分の記憶装置(脳)にため込むことやゼロから考えることの重要性が低くなって来ています。自分の脳を駆使しないでいると気づかないうちにインターネット情報の奴隷になってしまい、人間として必要な判断力が低下していくような不安を感じます。アイデアを生むためにネット検索してオリジナルアイデアが生まれるのでしょうか、私は違うと思います。自分の知識・知恵の蓄積と自らの人生経験と日々の観察力(ネット検索ではなく実際に職場や街や旅先で、違いや変化を五感で感じ取る力)がオリジナルアイデアを生み出し、自分なりの判断を下すことができる能力を高められると思います。パソコンやスマホに浸る時間を少し減らし瞑想をしてみるのも良いと思います。

 

基礎と基本の違い話をさせていただいた背景には多忙な日々を送っているビジネスパーソンが日増しに増加してきているからです。共働き世帯が全夫婦世帯の約60%となりその比率は年々増加し、女性の家事・育児とのワークライフバランスの確保が企業の労働力を確保する上での責務となってきています。更に少子高齢化の加速により介護をする人々も日増しに増加しており小さな事柄にこだわっている暇がない人(観察力が乏しい人)が多くなってきているからです。基本と基礎の違いは一例でしかありません。観察力を高めて小さな変化に気づくことが物事の本質を知る術でありアイデアの源泉となると思います。基礎と基本を高めていくためには、小さな事柄にこだわる心のゆとりが必要で基礎と基本の違いさえも理解できないまま高度のことを理解しようとしても結果は砂上の楼閣のように脆く身につけることは難しいと思います。また、観察力を日々鍛えることで洞察力(見えない部分を見抜く力)が高まりアイデアが閃いたり、同僚・お客様とのコミュニケーションが高まったりして人間力が高まっていきます。

世界最大級のピラミッドであるエジプトのクフ王のピラミッドは約4500年前に建築され総重量は約700万トン(132トン/㎡)と言われていますが、今でも地盤沈下せず維持されているのは岩盤の上に建築されたからです。ビジネスパーソンも仕事の基礎スキルをキチンと固めることで生産性向上を加速させワークライフバランスを実現して人生を楽しむことが出来ると思います。

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